伝説の系譜を継ぐ「本牧家 横須賀店」へ。横浜本店の魂はここに生きていた!

ラーメン好きなら一度は耳にしたことがあるであろう、家系ラーメンの歴史。 かつて横浜市港南区下永谷に構えていた「本牧家 本店」が、2023年に多くのファンに惜しまれつつもその長い歴史に幕を下ろしました。

「もうあの味は食べられないのか……」と絶望していた方も多いはず。しかし、ご安心ください。その直系の血統と伝統の味を今に伝える場所が、横須賀にあります。今回は、横須賀市汐入にある「本牧家 横須賀店」を訪ねました。

目次

この記事の内容をまとめると

いちご屋

伝説の「本牧家」は総本山吉村家にならぶ知名度
一度食して後悔なしです

家系の歴史を語る上で外せない「本牧家」の系譜

ここで少し、家系ラーメンの歴史を紐解いてみます。Geminiで系譜を調べてみました。この系譜を知ると、一杯の家系ラーメンがより深く感じられます。

  1. 吉村家(総本山):1974年、吉村実氏によって創業。
  2. 本牧家(2号店):1986年、吉村氏により横浜市中区本牧にオープン。

実は、「本牧家」は「家系史上最大の歴史の分岐点」となったお店でもあります。 当時の店長だった神藤隆氏が独立して「六角家」を立ち上げたことをきっかけに、吉村家との間で伝説の「お家騒動」が勃発。結果として本牧家は一時休業に追い込まれます。

一度は灯が消えた本牧家ですが、吉村氏によって1991年、横浜市港南区下永谷(環状2号線沿い)で再始動を果たします。この時、店長に就任したのが清宮氏でした。清宮氏は吉村氏の信頼を取り戻し、本牧家の看板を守り抜くことになります。

ここから、のちの名店(寿々喜家など)を輩出する「名門・本牧家」としての第二章が始まりました。2023年に下永谷の本店が幕を下ろすまで、30年以上も「家系の良心」とも言えるクラシックな味を守り続けてきたのです。

「吉村家」「本牧家」「六角家」はかつて家系三羽烏と呼ばれ、現在の家系ブームを築き上げた御三家なのです。今回訪れた横須賀店は、その激動の歴史を歩んだ本牧家の、唯一無二の継承店といえます。

これぞ「クラシック家系」の極み

店内に入ると、漂ってくるのは濃厚かつ芳醇な豚骨の香り。 昨今流行りの「家系風」チェーン店とは一線を画す、本物の風格が漂います。

  • スープ:一口飲むと、ガツンとくる醤油のキレ(カエシ)よりも、ダシの厚みと鶏油(チーユ)の香りが鼻を抜けます。最近の濃厚すぎる家系に比べると、非常にバランスが良く、最後まで飲み干したくなる「骨太なクラシック・スタイル」です。
  • 麺:もちろん、家系御用達の酒井製麺。 本店譲りの、短めでモチッとした平打ち麺。これがスープをしっかり持ち上げ、口の中で完璧なハーモニーを奏でます。
  • 具材:大判のチャーシュー、瑞々しいほうれん草、そしてスープを吸わせた海苔。これをご飯に巻いて食べる幸せは、何物にも代えられません。チャーシューは燻製感はあまりなく、煮豚に近い味に思えました。

横浜の灯を消さない、横須賀の誇り

横浜の本店が廃業してしまった今、本牧家の系譜をダイレクトに感じられるこのお店は、まさに「生ける伝説」です。

本牧家 横須賀店は、2006年にオープンしました。 当時の本牧家(下永谷本店)は、店主の清宮氏のもとで「家系御三家」としての地位を不動のものにしていました。多くの弟子たちが独立して別の屋号(寿々喜家、川崎家など)を掲げる中、横須賀店は「本牧家」の看板をそのまま背負う正式な支店として、本店からスタッフを派遣する形でスタートしました。

現店主が守り続ける「変わらない味」。 派手なパフォーマンスや流行り廃りとは無縁の、誠実な一杯がそこにはありました。

横浜で本牧家を愛していた方も、まだ本物の本牧家を知らない方も、ぜひ横須賀まで足を運んでみてください。そこには、吉村家から連綿と続く、本物の「家系の魂」が熱くたぎっています。

まとめ

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この記事を書いた人

バイク、クルマ、ツーリング、ドライブ、カスタムそして洗車に魅せられている人です。少し変わった洗車をしています。

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